掌で水を掬ってもどうしても出来てしまう隙間の所為でいつの間にか涸れてしまう。
あたしたちもそうだった。
水が満たされている間は終わりなんて無いくらい好きだったのに。時が経つにつれその
気持ちもなくなっていった。水がなくなるように。静かに音を立てずに、気付いていたら
気持ちは薄らいでいた。
掬った水が流れ落ちた今、あたしとあなたがここでいる理由がなくなった。
嫌いになったわけじゃない。好きじゃなくなったの。
ただそれだけのことなんだ。
燦々と爽やかな朝を演出する朝日と対面するとき、あたしは生きているということを実
感する。この光りは存在するという、ただそれだけのことなのに。
今日も暑くなりそうだ、という可笑しな予想を拵えて朝食を食べた。毎日バターを塗っ
たトーストとブラックコーヒー。飽き症のあたしを否定する唯一のこだわり。
今日は特になにもなかった。
今日も特になにもなかった。
いつもと同じ通り、コンビニでレジを打ち商品を並べる。いらっしゃいませ、ありがと
うございました。そんな変わらない日常。
一年と三ヶ月前にあなたに出会った。一目惚れでもないけど、あたしはあなたに恋を
し、あなたはあたしに恋をした。
恋をした理由は忘れてしまった。なんてはかないのかしら、皮肉。
ごつごつした大きな手で触れてくれるのと、頬を高くあげて笑う顔が好きだったのは覚
えている。
あなたに会ってなくて何日なんだろう？ あなたに会わなくなったのはなにが原因な
の？ あなたを好きな気持ちが薄れていったのは何故？
疑問符を飛ばしても帰ってはこないって、知っている癖して。
あなたに“恋していた”あたしは毎日が平凡には過ぎなくてちょっとのことで嬉しく
なったり悲しくなったりしていた。お忙しいあたしだった。
いつもと変わらない日常になったのはいつから？
訊かれて出てくる答は殆ど皆無に決まっている。そう知っている。いつの間にか、なん
てアバウトだけど、答えるとするならば正しい答はそれなんだろう。
あたしは、なんて、浅はかな人間なのだろう。
一瞬頭によぎる癖して何度も現れる思いはきっとあたしだけじゃない。あなたもそうな
んだ。変な確信を抱けるほどあたしは本気だ。
この恋が双方終わりかけていることなんて、誰が見ても同然だ。
もう、終わる。
思い出をひとつ挙げるとするならば、あたしの髪の色を誉めてくれたこと。明るい色は
似合わないって決めつけていたあたしのこころをあなたは優しく解いた。
ぬるま湯に浸るような、訳もない心地よさの声。
あたしが落ち込んでいたりあたしのことを心配していたり、想いを言う声。
掌に残る僅かな水滴のように、まだあたしはあなたのそんなところが好きでいるのかも
しれない。
けれど、そんな水滴も掌の暖かさで乾いていく。そして完全に掌に“あなたのことを想
う水”がなくなるのだ。
また恋に出会うときまで、掌に水は必要ない。空になった掌は自由になった。その手で
掴むものは、あたしを好いてくれる人だろう。
なにも考えずにベッドにダイブした。日干ししたタオルケットのお日様の香りを味わい
ながら頭までかぶって目を閉じた。
明日は週の真ん中に出来た祝日。ああどうして連休にならなかったんだろう、という悔
しさをバネに、あたしはあなたに告げるのだ。
掌で掬った水が涸れてしまったことを。
上手く、頭と唇が動いてくれたらいいのに。
他力本願なあたしの脳みそ。
掬った水を絶やさぬように、なんて難しいことなんだろう。
でもまたきっと、あたしはこの掌に水を掬うだろう。
--
なんて恋は難しい。
PR
カレンダー