あの人はとてもいい人でした。あたしが笑うとあの人も笑って。そんな事で幸せになれるくらい、あたしは小さな人間なのだけれど、それが嬉しくて嬉しくてたまらなかったの。
あの人はアンテナを取り付ける人で。あたしは彼の名前を知らない。だからアンテナ売りさんって呼んでいた。名前を訊ねても返ってくる返事は同じ。「お嬢さんには関係の無いことですよ」 いつしかあたしも気にせずに「アンテナ売りさん」って呼んだ。そう考えるとあたしは結構馬鹿なのかもしれない。
でも馬鹿でも善かった。アンテナ売りさんが好きなことにかわりはないのだから。あたしはこの事実が永遠に続くと考えてた。
「アンテナ売りさんがもしもね」
一緒に緑の若草の上に居た。同じ空気を吸っているのが嬉しかった。アンテナ売りさんがにっこりと笑ってあたしの話を聴いてくれている。
「屋根から落ちてきたら、あたしがこの両手で」
うけとめてあげるわ! そう受けとめるような振りをしてあたしは言った。 「それは頼もしいですね」
相も変わらずにこりと笑ってアンテナ売りさんが言う。それに釣られてあたしも笑う。こうやって二人で同じ時間を共有していることが嬉しくて仕方がなかった。
ああでも。あたしがアンテナ売りさんを受けとめるのはまだもっと先であって欲しかった。
いつもと同じようにアンテナ売りさんの仕事場に行く。危ないからってアンテナ売りさんは私が行くことをあまり善くは思わない。だけどあたしにとってそれはどうでも善かった。ただアンテナ売りさんを見ていたかった、その姿を脳に焼き付けたかった。
落ちてゆく。
アンテナ売りさんが。重力に従ってゆっくりと。
ああ。受けとめなくちゃ。
うけとめてあげるわって、約束したものね。だってアンテナ売りさんだって言ってくれたわ、頼もしいですねって。
だからうけとめてあげなくちゃ。
「……お嬢、さん」
アンテナ売りさん泣かないで。あたしは平気よ、ほんの少し脳が割れて脳髄がはみ出しただけよ。だけど。アンテナ売りさんだって痛いでしょう。だって動かないもの。血の涙を流すくらい痛いんでしょう。
ねえアンテナ売りさん返事をして。いつもみたくにっこり笑って返事をして頂戴。ねえアンテナ売りさん。ねえ。
うけとめてあげるわ。
「アンテナ売りさん」
そこにいる気がする。私の眼にはアンテナ売りさんがにっこり笑ってしの話を聴いてくれている。
「あの子、前みたいに笑うようになったのね」
「でもあれって……ねぇ」
「あの子はアンテナ売りが死んだことを知っているのかしら」
縫い付けた残骸がたまにあたしの頭からぼろぼろくずれるの。そのたびに私の眼に映るアンテナ売りさんは悲しそうな顔をする。泣かないで。
もうどこにも行かないで。
もうどこにも消えないで。ね。
#ポップンミュージック 釈迦
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最後にミミが見たのはアンテナ売りの幻影というか、
ミミの妄想です。
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